非営利組織評価センターが社会に果たす役割
ずいぶんと前のことになるが、米国には10年滞在した。日米の違いを痛感した場面は?と問われたら、迷わず「電車が動かなくなった時の乗客の対応」と答えるであろう。ニュージャージー州からマンハッタンまで、片道一時間の通勤を7年続けた経験によるものである。
通勤といっても必ず座れることを前提としているので、往復で2時間のささやかなマイタイムであった。とはいえ、一年に数回、故障、事故などにより突如電車が動かくなる。そんな時、乗客は、じっと座っているのである。誰もアナウンスをする車掌に文句など言わないし、車掌の方も、悪いのは自分ではない、といった風情で堂々とふるまっている。最悪の事態では、黙って耐えること数十分、遂に「この電車は動きませんので降りて下さい」などと無情な通告がある。
すると、乗客は、あっという間に電車から飛び降り、それぞれ自分が描いた解決策を実行に移すのである。同じ方角の乗客を複数確保しタクシーを調達する者、近くの知り合いに電話する者など、その時の状況によって対応もさまざまである。私は、アメリカ人の、自力で難局を乗り切ろうとする自主独立の気性に感じ入るとともに、非営利セクターが活発である理由を垣間見る気がするのだった。
アメリカ人は様々な困難に直面した場合、その解決を政府に委ねるのではなく、まずは自分たちが何等かの行動に出る。そしてNPOはそういった活動に格好の組織形態となる。まずは思いついた解決策に向かって突き進み、そのための資金を確保する方法を考える。組織は徐々に形作られ、おいおいシステムを整備する。そんな感じで誕生するNPOが多いのではないかと思う。
さらに言えば、事業の成功は組織の整備なしでも達成しうる。斬新なアイディアを持ち、説得力のあるリーダーを配し、意志を同じくする献身的なメンバーが参集するなどして、彗星のように登場するNPOはとても魅力的だ。
しかし、残念なことに、成功は長続きしないことも多い。例えば、成功を聞きつけて支援を申し出た財団があったとする。助成金への対応にはある程度の組織力を必要とする。政府資金も然りである。あるいは、寄付者との関係をどう保つか。事業を拡大するためにはどうするか。新しく見えてきた課題にどう対処するか。
かくして、組織基盤の整備が、非営利組織が安定的に資金を確保し、社会のニーズに応える事業を継続するための欠かせない条件となる。ここで重要なのは、政府、財団、寄付者,裨益者など、その組織と関わる様々な機関や団体等との折衝を経ることで組織が磨かれていくことであろう。つまり、非営利組織を、ひいては市民の自発的な活動を、見守り、育み、強くしていくことを担うのも市民であり、財団などのファンディング組織であり、そして非営利組織評価センタ―など、特定のミッションを有した非営利組織なのである。
非営利組織評価センターについて更に言えば、評価はあくまでも手段である。我々の使命は、ある一定の標準的な基準を目安として設け、その基準をクリアしているかどうかを判断していく過程においてNPOの気づきを促すとともに適切な助言を行い、NPOの成長を促すことであり、それらを通じて強靭で活発な非営利セクターの形成に貢献することだ。また、このような活動を通じて非営利組織評価センター自身も経験を積み、より良い貢献を目指すことが重要だ。
現在、人類は未経験の問題に直面している。新型コロナ感染症、気候温暖化による災害の激甚化など、枚挙にいとまがない。そして、問題解決にあたっての市民の自発的かつ創造的なな活動が今ほど重要であることはない。非営利組織評価センターの果たす役割も、さらに重要になってきていると考えている。
【 (公財)笹川平和財団 常務理事 茶野 順子(JCNE理事)】
プロフィール
(公財)笹川平和財団常務理事(安全保障、スカラシップ事業担当) |